拝啓
少しずつ薫る秋の気配が寂しさを募らせます。朝夕日毎に涼しくなるこの季節、いかがお過ごしでしょうか。
あなたから手紙を貰ったことはありましたが、こちらから手紙を書くのは初めてですね。果たしてあなたの元にこの手紙は届いているのでしょうか。地理的にも、時間的にも遠く離れてしまったことに少し不安を覚えます。
慣れないやり取りに少し恥じらいもありますが、あなたについて少しお話しさせてください。
あなたは自分にすごく甘い。そのくせ、人一倍の負けず嫌い。それなのに面倒くさがり。とても厄介な人物だったことを今でも覚えています。あの時のあなたは、受験という大きな壁に向かい奮闘していました。壁を越えるため前もってコツコツと階段を作って行く人、もっと小さな壁を探したり、余所見をする人が回りにいる中で、あなたは壁を越えようとはせずに、横から抜けようと近道を探していましたね。ひとつの壁に対する姿勢も人それぞれなのだと私は学びました。
あなたは勉強に関しては器用な人でした。常に余裕を持ってるように見えました。私にはそれが羨ましかった。あなたは、自分という人物をちゃんと知ってるように見えました。だからこそ自分に何ができて、何ができないのか知っていたのでしょう。そこがあなたの一番強い所なんだと思いました。
でもあなたは、自分にとても甘い人でした。決して努力をしませんでした。それも自分には努力はできないからと知っていたからなんでしょう。あなたには努力の二文字は似合わない。それなのに負けたくないの一言だけでよく頑張りました。決して無理はしないあなたを私は遠くから見ていました。あれは自分に対する甘さなのか、自分の限界を知っているからなのか、あの時の私には分かりませんでした。
今ははっきりと言えます。あなたに本当の自分は見えていません。
あなたから頂いた手紙には、私の事が少しだけ述べてありましたね。自由で羨ましいとか、毎日が楽しそうだとか。あなたは見落としている所がたくさんあります。自由の分だけ責任が着いて回る事を忘れないで下さい。楽しさに身を任せる事はいつだって簡単、そんな中でしっかり自分を持っていないとすぐに流されて今までを全て台無しにする危険があるということを忘れないで下さい。そんないつまでも楽観的なあなたに、私は不安を募らせるばかりです。
それから、あなたからの手紙の一言一言には、夢や希望がたくさん詰まっていました。あまりに眩しすぎたので、あなたは足元や眼前がしっかりと見えてないんじゃないかと少し不安になりました。
確かに夢や希望は大切です。そこに向かって走ることができるのですから。でもそれが必ずしも正しいとは限らないのです。道は紆余曲折、山あり谷ありなので、走っていると必ず転んでしまうのです。もっと現実をしっかり見据えて欲しい。夢や希望の先に何があるのか、壁の向こうで何をするのか、どんな道が広がっているのか。じっくり考えると、今何をすべきかが見えてくるでしょう。しっかりと眼前、そして足元を見てください。大切なものは見えるものの、向こう側にあります。
世の中は、人々の少しずつの妥協の上に成り立ってます。過去は変える事ができない上に人間は弱い生き物なので、妥協無しでは生きていけないのです。そうやって過去を美化し、またリアルタイムで自分を美化し続けながら生きているのです。
もっと自分に対して厳しくして下さい。あなたには本当の自分は見えていません。
説教じみた文章になってしまった事をここに詫びると同時に、あなたに対する多大なる感謝の意を表させて下さい。。今の私があるのはあなたのおかげ、これもある種の妥協なのかもしれません。それでも良いのです、これが私の本音だから。
どうか考え抜いた末の妥協、自分の本音を見つける毎日を送って下さい。あなたに残された時間はごく僅かです。
涼しげな風に身を任せ、自分の胸に耳を傾けることも多くなる日々。私の声はあなたの胸に届いているでしょうか。知る術が無いのが少し残念です。また近いうちにお手紙を差し上げます。ご自愛下さい。
敬 具